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頭の中で何かの声が反響する。
正確には声では無い、息遣いだ。
その音と呼応するかのように自分の息が苦しくなる。
そうだ、これは自分の声、自分の呼吸の音だ。
その事に気が付いた時、次に襲ってきたのは全身の疲労感と地面を翔ける自分の足音だった。
自分は今走っているのだ。
全身のバネを余すことなく使用し100パーセントいや、極限を超えて120パーセントの力を出しているのかもしれない。
全身の疲労を糧にして休む事無く一心不乱に走る。
何故走っているのだろうか?その理由を考えてはいけない気がした。しかし、考えずにはいられなかった。
なぜ自分はこんなにも必死に駆けなくてはならないのかと。思考がクリアになると同時に聴覚が鮮明になり周囲の音を拾う。
その瞬間自分の耳を今すぐに塞ぎたくなった。
塞ぐ事が出来ないのならばいっそのこと両耳を切り落としたくなる。
その音は全速で駆ける自分の元へ徐々に迫ってくる。
そうだ、自分は今逃げているのだ。その音から、その音の主から、背後に迫る脅威から。全身全霊を持って逃亡を図っているのだ。
走れ‐走れ‐走れ‐走れ‐走れ
頭の中でつぶやくもう一人の自分は同じ言葉を繰り返す。
死にたくない‐死にたくない‐死にたくない‐死にたくない‐死にたくない
迫りくる恐怖は追いつかれたら最後、自分の存在意義や概念などお構いなしに突如の終わりを告げてくるだろう。自分はいったいどうなってしまうのだろうか、下半身と上半身を二つに分けられてしまうのか、左右均等に分けられてしまうのか、それとも大小さまざまなブロック状へとその姿を変えられてしまうのか、考えるだけで背筋がゾッとする。
気が付けば考えるより先に体が動き出し一目散に駆け出していた。
生への執着心の身を原動力として文字通り死に物狂いで駆け抜ける。
しかし、そんな逃走劇も突如終わりを迎えた。
逃げ出したその先に待っていたのは三方向を壁に囲まれた袋小路であった。
慌ててUターンしようとしたがその気概をへし折るかの如くその人物は袋小路の入り口まで近づいていた。
ソレは無表情のままゆっくりと近づいて来る。
『zizizizizizizi』
小さな電磁音が頭の中にこだまする。
今生涯で遺体版自分の特性を呪った事だろう。聞きたくない、見たくない、知りたくない情報が目、鼻、耳、五感の全てから身をすくませる様な恐怖を感じる。
耳が良くなければその電磁音は聞こえなかっただろう。目が良くなければその電磁音の正体に気が付く事は無かっただろう。鼻が良くなければ周囲に漂わせるその匂いに気が付かなかっただろう。そして考える脳さえ失われていれば自分も恐怖に負け逃げ回る事無く他の者達と一緒に無残に命を散しに行く事が出来ただろう。
一歩、また一歩とこちらに近づいて来る。
両手に持つその板状の刃から発せられる電磁音が徐々に大きくうねり、生物の甲高い悲鳴の様に聞こえてくる。泣き叫ぶ刃には先程切り裂いた際に付着しているハズの血液や破片は無く刃こぼれなども一切ない。そこには純粋に命を刈り取る事のみに特化した恐怖の権化が存在した。
「……ぃ……tあ……ぃ」
言葉にならない言語で必死に助けをこう。
「ZIZIZIZIZIZIZIZIZI」
「……けt……す……」
言葉が、声が出ない事は十分にわかっている。分かっていながらも必死に助けをこう。
「ジジジジジジジジジ」
『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』
最早言葉を出す気力すら無く必死に許しを請う。
「字字字字字字字…………」
『ごめんなさ……』
気がつけば先程までに聞こえていた耳鳴りは何処か遠くに行き体の震えも無くなっていた。先程まで悪寒に似た寒気があったが今は何処か暖かくも感じる。鼻を劈くような匂いも消え、そこには静寂だけが残された。
『助かった……のか…』
安心したのか急に頭の中が霞かかり、今度は首から下にかけて寒気に襲われると同時に徐々に瞼が重くなり、開き続けるのが次第に困難になってきた。何故だろうか、寝てはいけない気がするのに誘惑にあらがう事が出来ずに瞼が閉じられてゆく。
「ピチョン……ピチョン……」
意識が薄れゆく中何か水滴が滴る音が聞こえる。
その音は物凄く近くにあり、自分の真下から聞こえるよう……な…。
ソレが動かなくなったのを確認するとその人物は再び歩き始めた。
何かの電磁音をまき散らしながら一歩、また一歩と周囲を見渡し立ち止まり、また歩き始め暗闇へと姿を消した。
そして初めてソコに静寂が訪れたのであった。
・・・・・・動
・・・システムの一部破損代用品による再構築開始
・・・再構築失敗、内部機関にエラー発生、
起動優先の為エラーにまつわるデータを廃棄、
再度システム構築開始
・・・成功、バックアップデータ復元
・・・復元に失敗、一部データを廃棄し再実行
・・・成功。
・・・内部機関に異常発見。重要機関の為摘出及び廃棄失敗
・・・起動可能期間のみで再起動
・・・全プロセス終了。===%完了。
再起動実行します。
何か自分の声じゃないモノを聞いたような気がする。とても聴きなれた様なそれとは少し違う様な違和感のある声、考えてみるが特に該当するものは見当たらない。恐らく気のせいなのだろう。それより現状居るこの場所が今どこなのかが一番重要である。
自分の記憶を見る限り第4フロアの管理室を出る所までは覚えているのだが、それ以降の記憶が一切無い。現状も少女に抱きかかえられながら移動している状況な為、自分が知らない間に行動していたというわけでは無い様に思われる。
だが一体何時からだろうか・・・
通ってきた道を振り返るとそこに階段の姿は無く、純白の壁が広がっていた。
「ここは何処だ……今どのくらい経った?」
少女はこちらに見向きもせずにただ前に進んでいく。
少し様子がおかしい気がする。長い時間共に過ごしてきた訳では無いから気のせいかもしれないが、少女は言葉がしゃべれなくとも何かしらの反応をしてくれていた筈だ。しかし、今の少女は反応すらしない。それに……
気が付けば先程と違う場所に居た。
6畳も無い程の小さな個室。
その部屋には窓は無く背後にある扉のみが唯一の出入り口となっている。
奥には書棚とガラス張りのケース、一口付近には一人用のデスクと座椅子、反対側には一人が寝れる程のベッドが取り透けられていた。ベッドの周囲には白色の布がぶら下がっておりこの小さな部屋で内と外を隔てる壁を作れるようになっている。
少女はそのベッドに我が物顔で使用してぐっすりと眠っていた。
ここにたどり着いたのと同時に眠りについたのだろう。
だが、自分はここにたどり着くまでの経緯を知らない。
記憶が断片的にしか存在しない為ここが何処かも分からないのだ。
現状を把握する為に改めて部屋の中を観察する。
気になる物は書棚とガラス棚、そしてデスクの上の電子機器の中身だろう。
『………』
電源を入れて中身を確認しようとしたが中に入っているのは3つのファイルのみであった。
【監視カメラ映像】
【魔法の効力とその実用性】
【患者データ】
部屋の作りからしてもしやと思ったがどうやらここはこの“監獄塔”の医務室の様だ。
早速上から順に閲覧していこうと考えたがある違和感に気が付く。
第6フロアは天使のフロア、第5フロアは物置、第4フロアは危険な猛獣たちの住処になっていた為あまり気にしていなかったが、ここも管理室も明らかに“人間”がいた痕跡がある。にもかかわらず今まで一度も人の姿を目撃していないのだ。
これ程の管理体制や資料があり電子機器も備わっているにも関わらずこの状況はどう考えても正常では無い。ここで何かがあったのだ。自分と少女が共に行動する前に、若しくはそれよりずっと昔に・・・
目の前の監視カメラの録画ファイルを前に手が止まる。
このファイルの映像が何処の映像なのか分からないが、もしかしたら事の真相が判明するかもしれない。だが今ならまだ引き返せる、何も知らないまま少女と共に先に進む事が出来るはずだ……。
震えるハズの無い機械の手が再生ボタンを押せずに動かなくなる。
この先を見たらもう後戻りできない気がする。
少女と共に明るい未来を目指すのなら……いや、ここまで来たのだ。少女はこのまま知らなくてもいい。だが自分は、自分だけは本当の事を知っておこう。理由は分からないがこの先を知る事は自分の義務であり責務でもある様に感じたからだ。
開かれたフォルダを見るとその中にびっしりと映像の録画ファイルが乗せられていた。ナンバリングはされていないが一番上の物を再生するとそれが何処を撮った物なのかすぐに判明した。
その空間にはが灯りが無く、周囲には部屋を埋め尽くさんばかりの無数のガラクタの山、そしてカメラの映る壁の側面には物を入れるようなダストボックスが存在した。
その映像は自分が生まれ、その仕事を成し遂げていた第5フロアの物だった。
映像に映る物は部屋の様子のみで暫くは何も変化が無かった事から少なくとも自分が目覚める前、若しくは生まれる前の映像だという事だけが判明した。何倍にも加速した映像を見ても自分の姿が何処にも映らなかったからだ。映像を加速し続けても一向に~襟映えの無い映像、そう思ったが終盤、ついにカメラがその姿を捉えた。
それは一人の“人間”だった。
背は170後半くらいあると思われる男、年齢は文献のデータを参照するに20代~20代後半と思われる。ボロボロの衣服を隠すように白衣を纏っており、その白衣も左肩が赤く染まっていた。
彼は足と肩を引きずりながらゆっくりと部屋の中央へと向かっていく。中央にたどり着いた彼は地面に手を付け何度も叫んでいる。
音声が無い為、何と叫んでいるのは分からないが誰に向かって声をかけているのかはわかっている。そう、今そこで眠っている彼女だ。
彼と“アリア”の関係は全く分からない。
だが一番初めに頭に過った言葉は“親子”だった。
しかし、仮に親子だとして何故彼は“アリア”と共に居なかったのだろうか、なぜ少女はこんな場所の最奥に幽閉されていたのだろうか。
知りたい。彼の事を、そして少女の事を。一度止めたカメラを再び回し始める。
そしてその映像を目の当たりにした。自分が想像していた事とは全く異なる光景がそこに映し出されていた。
男は暫く泣いたのちに徐に周囲のガラクタをあさり始めた。
肩から流れる血はそのままに何かに追われるように一心不乱にガラクタを漁り始める。ガラクタの山から取り上げるのは全て何かしらの電子機器のみであった。
彼はガラクタを拾っては集め、組み立て、そのエリアに備え付けられていた電子機器を巧みに扱い一つの物を作り上げていく。
出来上がったそれは四角い箱型の小さな機械だった。
可変して出てきたのは駆動式の2本の足に2本のアーム、天面から這い出る1つのカメラが周囲を見渡している。
自分はコレを知っている。
首を回して自身の体を隅々まで観察する。
目に映るのは1本半分に切られている駆動式の4本の足に2本のアーム、そして境界をはっきりと見分ける事が出来る四角い体。正に今画面に映る箱状の小さな機械その物だった。
あぁ、成程、そういう事か。今までずっと不思議だったんだ。
自分に組み込まれたアルゴリズムは下の階層にいる人物を思い、その人物の為に動き行動する事、ただそれだけだが、何故そんなアルゴリズムのみを組み込んだのだろうかと、この特定の状況下でしか正常に機能しない機械を何故作成したのかと。
合理的に見えるが機械という観点から量産性の無い非合理的な存在である自分にいったい何の価値があるのかと。
その答えはここにあった。自分はここで彼によって生み出されたのだ。
彼が死んでも少女を見守る事が出来るように。
少女が目覚めた時に一人にならないように。
自分の代わりが務まる様に。
つまり、自分は少女の為に作られた彼の予備、スペアなのだと。
『人間でも機械でも無かった……自分は只の模造品、この自我は彼によって作られた少女を見守る為だけのプログラムに過ぎず、自分の意志というモノはそこに介入していなかったんだ』
「自分は、自分、じ分、しぶん、ジブン……」
止める事を忘れていた映像が先程の続きを流していた。
画面に映るのは四足歩行の機械の箱に一人の横たわる男性、そして人一人を入れる事が出来そうな大きな箱だった。
とても嫌な予感がしたが最早まともに頭は回っておらず只その光景を傍観していた。
画面に映る自分は何を思ったのかその男性を引きずり箱の中へと引っ張っていった。そしてキレイに丸めて箱を閉じるとその箱の周りを包装しラッピングを始めた。
『そうダ、ジブンは彼を隠さなくてはならなかったのだ。何故?決まっている。少女に自分の存在を隠す為、少女に現実を突きつけない為、少女を外の世界から守る為、少女をこの場所で守る為。全ては外の世界から少女を守る為に自分という存在を隠し、もう一人の自分に託す為』
「ジブンに託す為」
ジブンの役目はあの場所の少女に寂しい思いをさせないようにする事。
つまり少女をあの場所に留まらせて見守る事だ。決して少女を見守る事では無く、まして外の世界に連れて行く今の状況はジブンの役目ではない。
全ては少女が星を見たいと言ったあの写真から始まった。そしてその写真の出所は映像を見てすぐに判明した。少女が上がってくる数時間前、ジブンはあの箱を下に落としたのだ。
本来ならそんな事はしないだろう。だがジブンはジブンが彼を箱に入れた事を全く覚えていなかった。そんな行動をとっていた事、自分が何者か全く知らなかったのだから。
つまりコレはイレギラー、本来起りえなかった行動。だが理由は明白だった。
ジブンが作られたから少女が目覚めるまでの間実に300年の歳月が経過していたのだから。
ジブンはとっくに壊れていたのだ。
本来の目的を忘れ、ジブンの意志で……意志??
「ジブンの、自分の意志で行動したんだ。本来の役目を忘れ、少女をあの場所から外に解き放ち、この場所に共に来たのは少なくとも彼の意志では無い。コレは自分の、“俺”の意志なんだ」
言葉にした事で明確な意識の芽生えを感じる。
コレは彼が始めた事でも少女が始めた事でもない。俺が俺の意志で決めて行動した事なんだ。無意識下でもそれでも本来の役割の、作られた自分では無い。俺は俺の意志で少女と共に行動をしているんだ。
コレは彼の選択じゃない。俺が選んだ選択、俺の物語だ。
その後の映像はいろんなカメラを回って自分たちの行動を記したものだったが第4フロアの途中で記録の容量が限界にきたのか映像は途切れてしまっていた。
この場所が何処なのか結局分からずじまいだったが自分の事を再認識できた事を今わかみしめていきたかった。
昔の自分に一言だけ助言をする事が出来るとしたら俺はこう伝えるだろう。
(その先の資料を見てはいけない。)
監視カメラの映像を見終わった僕は自然と次の項目に手が向かっていた。
一度だけ背後の少女に目を向けたが少女は未だ起きる様子は無く、寝息を立てながら実に気持ちよく眠っていた。
まだ時間はある事を再確認するとそのファイルを開いてしまった。
【魔法の効力とその実用性】
下の階層で見た資料には人々は魔法を扱い生活をしていると書かれていた。
だから今更その効力と実用性をうたっても何の意味も無いのではないだろうか。それにこの“監獄塔”でそのような資料がある意味が分からなかった……普通に考えれば、の話だが。
その資料を開いたが最初の文字を見て思考が停止した。
【魔法の対価とその力の関係性】
“対価”この一文には魔法を使用すると対価を支払い。そう書かれているのだ。
この世に奇跡などは存在しない。その奇跡にはそれ相応の代償が必要だと言っているのだ。つまりここに来るまで、もしかするともっと前、少女が目覚めるもっと前から少女は、“アリア”はその対価を支払っていた事になる。破滅の魔法、その強力な力の対価を。
魔法を行使するには2つの方法があると書かれている。
一つは魔法を使用する為の媒体を用意し、魔力とその媒体を対価に魔法を行使する方法。
もう一つは魔力を消費し、魔法を行使した後にその効力に見合った対価を支払う方法。
前者の場合媒体に合わせた力を行使する事が出来、その媒体を超える力を行使する場合溢れた分だけ対価を支払う事になる為、力の制御がしやすく、媒体を持っていれば魔力を行使するだけで誰でも魔法を行使する事が出来るとの事である。
その性質から魔道具と呼ばれる物で殆どの人々はこの魔道具を使用して生活をしていた様だ。
そして後者の場合力の制御が難しく、魔力を使い奇跡を起こした分だけその対価を支払わなくてならない為、人々はあまり使用する事が無く、この力を巧みに使用する者を“魔導士”や“魔法使い”と呼んでいたらしい。そしてその扱いがずば抜けて上手く、天災にも及ぶレベルの強大な力を扱う事が出来る者を“魔女”と呼んだとの事だ。
そしてこの中で一番注目するべきは“対価”この物である。全ての事象には例えどのような奇跡でも大なり小なり対価が必要であり、“魔女”レベルの強大な奇跡にはより強大な“対価”が必要になるのだ。
火を起こすという結果を求める場合、人々は誰かが作った“ランタン”と呼ばれる筒に蝋という“対価”を入れ、魔力を込める事で火を灯していた。
同じ事象で魔導士が火を起こす際、魔力を使い火を出現させ、対価として自身の発熱や暴食等、そのエネルギーに応じた“対価”を支払っていた。
そして魔女の場合、魔導士と同じように小さな火を起こす場合、同じように対価を支払い、国を守る為に国の外の地形を守る為に一面を業火で焼き付くした対価にその土地の今後の生命を全て途絶えさせた。
強大な力を扱うにはそれ相応の対価を支払う事になる。
今例を挙げた炎を操る“豪炎の魔女”は隣国を焼き尽くした対価として、自らその身を焼き尽くす事になった。
魔女の力は強大故に扱いには細心の注意を払わなくてはならない。
だが、そのリスクを無くし魔女の力を扱う事が出来る様になれば話は別だ。そんな方法を編み出せばその国は世界を手にしたと言っても過言ではないだろう。故に“ココ”ではその研究を始めた。世界を“奇跡”の名の下に一つにする為に。
長年何度も研究していたがこの国には魔女が生まれる事はなかなか訪れなかった。
しかし、国の外れにある森の中に住む一人の少女が世にも奇妙な力を手にしたとの情報を手に入れた。早速その少女に出会い魔法を見せてもらうと我々は頭を抱えた。そして同時に歓喜した。コレだ、この力が、我々が求めていた世界を統べる為の力だと。
少女の扱う魔法は少女独自が編み出した模様(文字)を書き込む事でその万物を“対価”にするというモノだった。
奇跡は文字に記された校了を与える事、そしてその対価は全てそのモノが支払う事。魔法の理を少女一人で行う第3の魔法だった。
つまり少女が扱う魔法は少女が対価を支払う事無く、刻まれたモノが対価を支払い続ける限り永久的に行使されるという代物であり正に“奇跡”と呼ぶのにふさわしい物だった。
我々はその力を欲した。
少女を欲した。
その奇跡を欲した。
しかし、その少女はその魔法を決して力の為に使用する事は無かった。
隣人の壊れかけの家の扉に魔法をかけて強度を上げたり、食べ物に魔法をかけて少し甘くしたり、些細な幸せの為に使用していた。
初めは力の限り魔法を行使していたが一人の男に出会いその考えを改めたという。
我々が見つけた“聖女”は一人の男に恋をしていたのだ。
だが我々の考えは覆る事は無かった。突如目の前に舞い降りた奇跡に心を奪われてしまったのだ。故に少女に言った。 その力をこの国を、彼を守る為に扱って欲しいと。
少女はしばらく考えると我々に協力するように約束した。
彼を、彼とのこの生活を守る為に。
隣国や魔獣と衝突するたびに少女はその力を使用した。
何度も何度も国を守るその姿を見た人々は少女を“天使”と呼び崇め、外の国からは対価を貪りつくし全てを無に帰す事から“破滅の魔女”と呼ばれ恐れられる事になった。
少女の、“聖女”の名の下にこの国は文字度通り世界を手にしたのだ。
しかし、その“奇跡”は突如終わりを迎えた。
ある日魔獣を追い払った“聖女”は突如息を引き取ったのだ。
数々の奇跡を起こしていた少女は老いる事無く突如朽ち果てたのだ。
少女の扱う魔法は少女が生み出した文字を刻んだモノにその魔法を与え、ソレに対価を支払い続けさせるもの。急激に対価を支払った物は突如その形状を保てなくなり霧散して消えって行く。少女の最後も正にそのように消えていった。
少女の魔法は決して第3の魔法では無かった。
少女は常に対価を支払っていたのだ。自分を媒体に魔法を行使し、その奇跡を超えた分だけ対価を支払い続けていた。国を救う数々の魔法を行使する事で少女は対価として自らの寿命を削っていたのだ。
少女は術に自分の魔法にかかっていたのだ。
少女の脳には常に少女の文字が刻まれているのだから。
こうして我らの“聖女”は突如終わりを迎えた。
しかし、我々は止まらなかった。寧ろ聖女から頂いたヒントを元にある事を思いついてしまったのだから。
“破滅の魔女”と恐れられていたあの少女は正に第3の魔法を体現していたのだ。
我々がいつもやっている誰かが作った物に魔力を込める必要は最早なかった。
聖女の様に万物に魔法を与えるモノが魔法を与え続ければよいのだ。そのモノがこの国の魔法を動かし、外からの危険を取り除き世界を統べればよいのだと。
聖女の行っていた事を他の誰かにやってもらえれば良いのだ。
そのモノが壊れたらまた新しいモノにやってもらえば良いのだ。何度も何度も繰り返していけば。
そしてその存在を作ってしまえばよいのだ、“聖女”と同じ思考を持ちその魔法を行使する存在を作り続ければよい。舞い降りた“奇跡”を私達の手でもう一度作り出せばよいのだ。
我々の手で次の聖女を“天使”を生み出せばよいのだと。
【患者データ】
気が付けば何かから逃げる様に最後のファイルを開いていた。
先程見たレポートが頭の中をグルグル回る。聞きなれない単語や、意味の分からない単語、本当は全て意味の分かる言葉なのだが今では異国の言語を見た様な気がしてならない。自分が見た物を否定したいが為に一心不乱にそのデータに目を通していく。
No:004382
能力の発現に成功。
能力使用後前頭葉に異常発生、Misserfolg.
以降経過観察を続行。
No:005632
能力の発現に成功。
以前の結果を踏まえ身体的能力を向上。
能力使用後人体に異常発生、Misserfolg
以降経過観察を続行。
No:011238
能力の発現に成功。
能力使用後人体に異常発生、Misserfolg
以降経過観察を続行。
【Misserfolg】
検索すると昔の言語でその意味がヒットした…“失敗”。
次々と目を通していくがどれも途中でその文字が出てくる。
そしてその後の一文。
以降経過観察を続行。
この施設は危険な囚人を収監する為の塔では無かった。
国家ぐるみの“聖女”を生み出す為に作られた巨大な実験場だったのだ。
そしてここでの唯一の成功例、“天使”と呼ばれる存在。国民からは“聖女”と呼ばれ崇められていた少女の後を継ぐ新たな“聖女”。
聖女の名前と尊厳をけなさない為に外から呼ばれていたもう一つの名前を使い、新たな聖女を生み出した。“破滅の魔女”と呼ばれる存在を。
No:000001
能力の発現に成功。
但し出力の安定が見込めない。
オリジナルに近しい容姿と性能を誇るが、
このままだと周囲 に影響を及ぼす可能性大。
能力を常に発動させ力を発散させるデヴァイスを作成。
試験運用として実践投入……成功。
国民からの指示を得る事に成功。
“聖女”の娘、“天使”として運用、
“聖女”同様能力による消費が考慮される為、
次の個体の作成を急がなくてはならない。
常に微弱ながら能力を使用している為、“対価”の消費が著しい。
次の個体が出来るまで必要な時以外はコールドスリープによる冬眠を採用。
作成時年齢を10代前半にした為、人体への影響も考慮される。
外に出す度に人体に何らかの影響あり。オリジナルと違い、力を使用した際に様々な対価を追加で支払っている様子。現在確認されている3回の出撃で“味覚”“食欲”“声”が対価として支払われている事が判明。
長年運用できるように子供の状態で作成した事があだとなった様子。
次からは強靭な肉体に精神力を兼ね備えた生物。もはや形状はでなくても良いのかもしれない。
あれから何度も何人も何体も作り上げても一向に完成品に近づかない。
一番オリジナルに近かったのはNo:000001であった。
我々は考えた。何が原因で劣化品しか作れないのかを。作れば作る程質が落ちていくこの現状は自然の摂理なのではないかと。元々1だったモノを100にも1,000にもしたのだ。その力が徐々に薄れると考えればこの事象に納得した。
始まりは既に0になり1が生まれソレをきっかけに2も100も生み出した。ならばそれを全て元に戻せばよい。2~を全て食らい1に還元するのだ。さすれば“天使”はその役目を終え“聖女”となるだろう。
その為には少女たちには敵になってもらわなくてはならない。
だがその必要は無いだろう。
“天使”の頭の中には無意識下にこの国の住民の情報が刻まれている。国民と敵の識別を円滑に行う為に。唯一識別されていないモノと言えばそれは“天使”本人に他ならない。
ならば少女は見ただけでその力を振るってくれるだろう。この国を外敵から守る為に。
ソレが例え自分自身であっても。
全てを読み終えた後、全身に鉛でも乗せられたかと思うような喪失感が襲ってきた。
彼の選択は正しかった。彼は少女と出会う為にここまで降りて来て少女を救う為にもう一度出会う事を諦めた。そして少女が寂しくならないようにと俺を作り出したのだ。
全ては少女に自分を殺させない為に。
自分の考えが甘かった。
あの時、少女と出会ったあの瞬間に直ぐにでも下に追い返すべきだった。自分は彼の事を覚えておくべきだった。彼を下に落とすべきでは無かった。
俺は俺の手で少女を、“アリア”を殺して……ててててテテテテテtttttttttttttttt
目の前に良く分からない文字数列が浮かび上がる。
頭の中で何かが駆け巡る。
黒色の小さな何か、無数の小さなナニカ、それは脳の中を駆け巡り全てを食らいつかんと欲している様に隅々まで巡ってゆく。
『ジジジジジジ』
聞いた事の無い電磁音の様なものまで聞こえ始めた。
「ま…まさ……か……」
残る意識の中恐る恐る自分の足に目を向ける。
そこには少女と出会ったばかりの時に切られた前足が存在した。
その切断面に目を向けるとソレは存在した。
切断面を黒く覆いつくすばかりの無数の細かな文字軍が生物の様に切断面から内側に蠢いていたのだ。
何故今更になって……。
そう考えた時ある一文を思い出す。
【“天使”の頭の中には無意識下にこの国の住民の情報が刻まれている。国民と敵の識別を円滑に行う為に。】
自分は今まで“アリア”に守るべき国民と認識されていたのだ。
彼と同じ思想を持つ存在であり、自分自身を人間と自分自身が認識していたからだ。
だが今はもう違う。
俺は彼では無く“俺”自身として認識してしまった。
つまり少女が眠る前、そして目覚めた後でも彼女の脳内の情報には国民として存在しない人物。他の少女達と同じように敵国や魔獣と認識する事が出来る存在と少女から再認識されてしまったのだ。
【常に微弱ながら能力を使用している】
宙に舞うその刃は眠った後も常に蠢き全身を黒く染めている。
無意識下でも少女は能力を使用しているという事になる。
切られてもこれ程長く存在できたのは少女が目覚めている時、無意識下で国民に被害を与えまいと力をセーブしていたからではないだろうか。そして少女が眠った時、その無意識の枷が解き放たれ微弱な力によって浸食されてゆく。
今思えば先程意識を失ったのは管理フロアで少女が眠った後の事だった。
つまり今現在少女が眠っている為、こうして浸食がガガガガガガ……。
段々思考が黒いモノで埋め尽くされようとしている。
『時間ガ、もう……ナ…い』
残る頭で自分が今するべき事を考える。
この内容を“アリア”に見せてはいけない。
これほどの物をアリアに背負わせてはいけない。
アリアに能力を使わせてはいけない。
アリアに対価を支払わせてはいけない。
様々な考えが浮かんだが、自分が最後に思ったのは一つのみであった。
『なンだ……ケッ局カワラナイ……ノカ』
目の前の電子端末のデータを全て排除して自分はその部屋を後にした。
意識がもうすぐで消えてなくなる。
もうしばらくすると自分自身が最早何者だったのかすら思い出す事が出来なくなるだろう。
しかし、足取りは軽かった。
先程の監視カメラのデータで自分が今何処にいて何処に向かえば良いのか分かっていた。目指す場所は一つ。
コレをしなければあの子は少なくとももう一度能力を使用するだろう。そうなれば次は何を失うのか分かったモノでは無い。
『イマノジテンデ…ナに……ガ…ノコッテいるのかワカラ、ナイけどネ……』
少なくともココに来るまでに3回は失っているはずだ。だからもうあの子には何も失わせるわけにはいかない。
目的地にたどり着くと自分はすぐさま作業に取り掛かった。作業自体は直ぐに終わった。何せただレバーを引くだけなのだから。
でもきっとあの子はそんな事お構い無しに切り進んでしまっただろう。
それではいけないのだ。
あの子にはちゃんと自分の目的を果たしてもらいたいのだ。
それが自分の最後の願いなのだから。
『サヨウナ…ラ……イトシイ我ガ………ムスメ‥‥‥』
硬い何かが床に落下した音が部屋に鳴り響く。
そこには鋭利な物で導線が断ち切られて機械仕掛けの箱が存在していた。
その箱の内側では黒いナニカが全てを覆いつくさんと蠢き続けていたが、その役目が終わったかのように突如動きを止めた。
この部屋には誰もいない。
それ故に動かなくなったその黒いナニカに何と書かれていたか誰にも分からなかった。
もうその言葉は誰にも届かないだろう。
【 】のその言葉は……。


